【雑談】便所の落書きスプレー缶4缶目
619 : |
|
名も無き者
俺の名前は菅野丁巳(かんのていし)。 都合により偽名だ。
普段はこうして一般客に混ざってフリープレイを楽しんでいるが、本来はこの店、晴れる屋ゼンディカー店の雇われ鑑定師だ。 だがこの店にシングル買取を申し込む客は滅多に来ないので、本日も元気に開店休業。 気の合う仲間とテーブルを囲み、常連の一人が持ち寄ったメルカディアンマスクスのブースターでキューブドラフトを満喫していた。
客A「俺は《マスティコア》をキャストし…ん?おい菅野、あれ見てみろよ」 菅野「そうやってよそ見を促してさり気なく土地をアンタップするのは無しだ」 客A「(・д・)チッ…じゃなくて、あいつだよ。買取カウンターに向かっていったぞ」 菅野「ファッ!?」
我々の視線はその男に集まった。 前述した通り、この店にシングル買取を頼みに来る客は滅多に居ない。さて、どんなカードを持って来たのか。 俺は土地をロックしつつ、《報いの波》を仕掛けながらチラチラと男を伺う。買取カウンターの店員が、目線で俺に合図を送った。
菅野「やれやれ、このドラフトは無しだ」 客B「なんだよ、勝ち逃げか」 客C「どうした?」 菅野「ちょっとな。あの男とフリープレイしたくなった」
さて、珍しく仕事だ。
菅野「お兄さん、そのカード凄いね、エターナルで活躍してるカードばかりじゃないか。全部売るのか?」 男「はい!これを売ったお金でスタンダード始めたいんで!」 菅野「そうか…うん。売り払う前に一度フリープレイどうかな?」 男「初心者ですけどいいですか?」 菅野「大丈夫大丈夫へーきへーき!店員さん、ジャッジを頼むよ」
そうして我々は卓に付き、先手は彼に譲った。 さっき見たカード、まず間違いなくあれは…。
男「僕からですね。《Tundra》をセットして、えっと…」 菅野「その《Tundra》見せてもらっていいかい?」 男「あ、はい、どうぞ!」
印刷、経年劣化の具合、手触り、厚み。 それは全てが完璧だった。 このカード限りなく本物に近い、そして全てが完璧過ぎる程の精巧な「偽物」だった。 いや、「偽物」とは呼べないだろう。 ある意味でこれはオリジナルだからだ。
菅野「男さん、ここをよく見てくれないか」 男「え…カード名ですか?」 菅野「そう。なんて書いてある?」 男「Tund……ere!!!!!!????」 菅野「そうだね。これは《Tundra》ではなく、《Tundere》だね。文字の間隔もよく見ると不自然にズレているだろう?それから効果だ。タップして生贄にすると何故かライブラリーから基本土地をサーチしてそのまま追放してしまう」 男「じゃあこれは…偽物って事ですか……そんなぁ…………」
男は手札を落として卓に突っ伏し、酷く落胆したようだった。 恐らくは彼の山札は殆どが「《Tundere》と同じかそれに準じた偽物」で出来ている。 一体どう言う経緯で彼はその束を掴まされたのだろうか。 俺は一瞬だけ眼を閉じ、彼の思考のページを「読んだ」。
_________1週間前。
男「あまりお金かけられないけど強いカードが欲しいなあ…オークションに何か無いかな」
【即決三万円!】各種フェッチランド、パワー9有り。ビンテージ引退セット【早い者勝ち!!!】
男「嘘だろ!?三万円?!?!?全部10万くらいするカードだよな…よし!!これを転売してスタンダードを始めよう!……っと、出品者はチャンドラさんで、うん。評価もいい感じ。決まりだな!!」
_______ やれやれ。またあの女か。
菅野「ジャッジ、そう言うわけだから」 ジャッジ「はい、菅野様。そう言う話なら仕方がありませんね」 男「グスッ…うっ…うう…ありがとうございました…カード持って帰ります…ううう」 菅野「ちょっと待ちなよ。そのカードは"プロキシ”でいい」 男「え…プロキシ…?」 ジャッジ「はい。この店にくるお客様は殆どの方が正規のカードを持っていません。大体が皆様、プロキシで楽しんでいただいております」 菅野「そう。だから君のカードもプロキシで、《Tundra》と言うことにしよう。さあ、ゲームを続けるよ。土地を置いて終わりでいいかな?」 男「ああ…グスッ…うっ、うう、ありがとう…はい…置いてエンドします…グスッううっ」
彼とのゲームは時間を忘れて没頭した。 見れば見るほど遊び心と芸術性の高い「偽物」のカード達には感動すらあった。 彼は頭も良い。直ぐにルールを掌握し、また、そのルールの隙間を突くようなプレイも上手かった。
菅野「さて、ニクソスをタップしてマナを生み出すよ。赤の信心は114514だね。《Alivedragon》をキャスト。失礼、《嵐の息吹のドラゴン》の事だよ。そのまま怪物化するけど、対応はあるかい?」 男「う、羽毛…対応はありません。負けです。ありがとうございました!凄く楽しいゲームでした」 菅野「それは良かった。では、このデッキは君にプレゼントするよ」 男「ええっ!?」 菅野「その代わり。君のそのデッキを俺にくれないかな」
別のテーブルに集まっていた常連達も、こちらの様子が気になるらしい。 俺は男を常連達に紹介し、彼はすぐに場に馴染んだ様子だった。楽しそうな笑顔と声。 きっとこの先、今日以上に幾多の苦難と挫折と喜びが有るだろう。それもマジックだ。彼なら大丈夫かな。 ここでは皆がプロキシか、コモン構築だ。 高いカードもビンテージもブラックロータスも必要ない。 たまに古株が昔のブースターを持ち寄って、ドラフトやイベントが行われるけどね。居心地の良い、自由なカードショップだ。
ジャッジ「さて、お帰りになられますか。今日もご苦労様で御座いました」 菅野「そうだね。次来る時までにもう少しM15のシングルカードも増やしておいてよ」 ジャッジ「かしこまりっ!しかし次は何時になられますのやら。お忙しいみたいですから」 菅野「向こうの仕事は大変さ。また来ます」 ジャッジ「御来店ありがとナス!またお待ちしてナス!」
俺は男から頂いたデッキを胸ポケットにしまい、少し歩いてから変身術を解いた。 晴れる屋ゼンディカー店の雇われ鑑定師から、本来の自分へ。 ギルドパクトの帰る次元へ飛ぶ為に。 フードを深く被り、神経を集中させ、呼吸を調整する。
先ずは、この出鱈目なカードをばら蒔いてる女を捜さなくては。 では帰ろう。ラブニカに。
end
2014/08/06(水) 02:12:55
|
|